壁掛け時計

 時計を買った。壁に掛ける、ちゃんとした時計である。

 わたしは朝起きるのが苦手だ。目覚まし時計のアラームを止めた記憶もないまま二度寝をしてしまう。そこで、目覚まし時計を洗面所に置き、アラームを止めた流れで顔を洗うことにした。以来、予定していた時間にきちんと起きて、朝の時間を有効活用できるようになった。と、言いたいところだが、アラームを止めた瞬間洗面所の床で二度寝をしてしまうこともある。しばしば、ある。起床には、システムだけではなく意志が必要であることを日々痛感させられる。

 

 目覚まし時計を洗面所に置く効能はさておき。一日のうちに、目覚まし時計を洗面所からリビングへ、リビングから洗面所へと持って移動するのが煩わしくなったのである。パソコンもスマートフォンもあるから時刻はいつでも確認できるのだが、やはりアナログ時計が好きなのだ。人は、時計の針の動きによって、時間の長さを把握している。というようなことを、中学生の頃、違う学校に通う友人の教師が話していたと聞いた。そんな昔の、それも人づてに聞いた話をどうして覚えているかといえば、そのとき妙に腑に落ちたからである。

 

 ちょうどフックが掛けられるレールのようなものがあり、部屋のよい位置に時計を配置することができた。「○時だぞ〜、△△の時間だぞ〜」と、ほどよい圧をかけてくれている。

 

鉄瓶を買って

 鉄瓶を購入してから3か月が経った。気に入っている。容量が1Lしかないため、日に何度も湯を沸かさねばならないという厄介はあるが、それでも買ってよかったと思っている。扱いに慣れた今では、沸騰がおさまらないうちに蓋をして口から湯を吹きこぼさせたり、熱気で火傷しかけたりすることもない。3口コンロの左下は、すっかり鉄瓶の定位置となった。

 

 鉄瓶を買うまでは味噌汁も麦茶も同じ行平鍋で作っていたのだが、たびたび不便を感じることがあり、やかんを新調することにした。学校給食で使われているようなアルミ製のものを買う予定でいたが、いろいろな商品を見たり、材質について調べたりするうちに、鉄瓶が候補に浮上した。鉄瓶で沸かした湯は、まろやかでおいしいうえに鉄分が豊富らしい。また、長く使うと鉄の経年変化が楽しめるようだ。実用性を考えて、軽くて大容量のものを探していたのだが、結局「一生もの」という文句が背中を押し、鉄瓶を買う決心をした。この決心から望みの鉄瓶に出会うまでに半年ほど時間を要することになるのだが。

 

 湯がおいしいというのは魅かれたポイントのひとつではあるものの、正直あまり期待していなかった。劇的な違いがわかるような繊細な味覚が、自分に備わっているとは思えなかったからである。ところが、予想に反しておいしかった。無味なのである。「無味」がおいしさを表現する言葉として適切かどうかは疑問が残るが、無味としか言いようがない。茶葉を使わなくとも、湯のまま十分おいしく飲める。

 

 手のかかる子ほどかわいいという言葉があるけれど、鉄瓶は中に水を入れっぱなしにさえしなければ、洗う必要もない。鉄瓶は、手間のかからないかわいい奴である。かわいい鉄瓶を粗悪な環境に置いておけないという親心のおかげで、シンクまわりも清潔に保つことができている。

映画館へ行こう

 財布の中にあるイオンカードを手に取り、ふと思った。イオンシネマで割引が適用されるはずだ。もともとは近所のドラッグストアで買い物をするためにつくったクレジットカードであるが、利用できるものは利用するに越したことはない。調べてみると、毎月20日、30日は1100円で映画を観ることができるようだ。700円の割引は大きい。そしてなんと、今日は9月20日なのである。さっそく近所のイオンシネマの上映スケジュールを開いた。目当ての映画を観るために映画館へ行くのではなく、映画館へ行くために映画を探すというのは、初めてのことだった。

 

 観賞する作品を決め、チケットの予約をしようとすると、会員サービスの文字が目に入った。会員特典にざっと目を通し、年間6本以上観れば得と判断するや否や、会員登録を済ませた。自分の思い切りのよさに感心しつつも、これまでに年間6本以上の映画を映画館で観たことはあっただろうか、という心の声が聞こえないでもなかった。でもまあ、入会費や年会費がよほど高額でないかぎり、こういうものはいちばん初めのタイミングで申し込んで、付与されうるポイントの取りこぼしを避けるのがよい。お笑いコンビかまいたちの漫才ネタ「タイムマシン」を見て以来、自分はこの考えをより強くしていた。

 

 イオンカードの活用範囲が広がり、1年以内に6回以上映画館へ行くという文化的な目標ができた。出不精になりがちな在宅フリーランスには喜ばしいことである。

有吉佐和子『恍惚の人』

 「恍惚の人」は耄碌した高齢者を表している。この表現に強く心を揺さぶられ,本書を手に取った。しかし、言い得て妙だと称賛の方向に心が動いたのか、健忘に苦しむ人の姿を「恍惚」とはいささか不謹慎なのではないかと嫌悪の方向に心が動いたのか、わからなかった。

 

 本書が世に出たのは昭和47年(1972年)である。読後に発表年を知り、驚きと妙な安心感を覚えた。「まったく古くないじゃないか」という驚きと「そんなに昔の話なら、まあしかたないな」という安心感である。



 まず、主人公の昭子において、その母親像、嫁像、主婦像が、半世紀も前のものとは思えない。当時は、結婚をすれば女性は家庭に入ることが一般的だっただろう。本書でも、昭子は夫の信利と職場で出会い結婚をしたが、共働きを認めない社是のために結婚直前に退社したとある。しかし、昭子はその後も専業主婦になることはなく、法律事務所に就職し、タイピストとして働いている。そして、自分の仕事に誇りをもっている。認知症を患った祖父茂造について話し合おうとするも黙り込む信利から「女らしく妻らしく家庭に帰るべき時が来たんじゃないのか」という暗黙のメッセージを感じ取り、昭子は憤りを覚える。

 

……家も出来た。敏も再来年は大学だ。信利もしかるべき地位と収入を持っている。もう、いいじゃあないか。

──こういう結論が、昭子には我慢がならないのだった。それならば昭子は、ただ金を得ることだけを目的として働いてきたのか。工員が単純作業を繰返すように、邦文タイプのキイを叩いていたというのか。女は無能だから、お茶汲みとタイプライターぐらいが分相応で、職場からの社会参加などはまるでなかったとでもきめつけるのか。そんな考え方には昭子は反撥があるし、小さな法律事務所の中ながら昭子の果たしてきた役割はそんなに小さなものだとは考えていない。

 

 昭子の家事への向き合い方も、かなり現代的だ。

 

この小さな家の中で、不相応に贅沢なものはといえば、最前の洗濯物乾燥器と、この冷凍庫なのである。この二つは昭子の考えによれば共稼ぎ夫婦には不可欠の備品であった。冷凍食品は味が悪いと生意気なことを言う女たちがいるけれども、共稼ぎの条件の中で食事は一にスピード、二に栄養、味はその次に来るものだ。

 

 仕事に励み、効率よく家事を処理しようとする昭子の姿は、家族のために献身することが当然と思われていた当時の女性たちの救いだったに違いない。時は流れ、共働きは家族の形として一般的なものとなった。それでは、働く女性は家庭から解放され生きやすくなったかというと、そんなことはない。SNSでは「主婦(母親)ならば、冷凍食品や総菜などは買わずに手作りすべきだ」との主張をしばしば目にする。多様性という言葉が耳に慣れて久しいが、異なる生活様式、価値観をもつ人々がお互いを尊重しあえる日は訪れるのだろうか。



 登場人物の話に戻る。信利と昭子は、耄碌した茂造の介護をきっかけに、老いについて考える。考えれば考えるほど厭世的になってゆく。信利は、我が子すら忘れ去った父親を見て思う。

 

耄碌している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの窮極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。

 

 昭子もまた、近所のお婆さんを見て、自身の決して遠くない将来を思案せずにはいられなかった。

 

人間は死ぬものだということは知っていたけれど、自分の人生の行く末に、死よりもずっと手前にこういう悪魔の陥穽とでも呼ぶべきものが待ちかまえていようとは、若いときには考えも及ばなかった。齢をとるのか、私も。どういう婆さんになるのか、私は。

 

 現代でも多くの人が2人の憂慮に共感するだろう。きっと、何十年先の読者も共感していると思う。死ぬよりも恐ろしいことがあるのだ。そして、死なれるよりも哀しいことがあるのだ。



 さて、普遍的なテーマを取り上げた本書である。認知症を患った老人の描写やそれを取り巻く人々の苦悩は、この先も色褪せることはないだろう。一方で、現代の感覚にはなじまない部分も、やはりある。介護に参っている昭子に対する福祉従事者の反応だ。これは当時の、老人を施設に入れようとする人に対する世間の反応そのものなのだと思う。内心で茂造を老人ホームに入れてしまいたいと思っている昭子に、老人クラブの事務員は言う。

 

私は自分の親を老人ホームに突っこんじゃう子供の気持だけは分らないんですよ。誰だって齢をとるんだから、自分も老人になったらって考えればいいのに。ねえ、残酷ですよねえ

 

さらに、介護に生活が圧迫されている昭子の悲痛な訴えを聞いてなお、老人福祉指導主事はこう言ってのける。

 

お年寄りの身になって考えれば、家庭の中で若いひとと暮す晩年が一番幸福ですからね。お仕事をお持ちだということは私も分りますが、老人を抱えたら誰かが犠牲になることは、どうも仕方がないですね。私たちだって、やがては老人になるのですから

 

 当時は、痴呆という言葉すらあまり知られていなかった。身内がピンピンコロリで逝った人には、認知症の症状があらわれた老人の姿など想像できなかったのだろう。だからこそ、身内に認知症患者がいる人は誰にも相談することができず、制度的にも精神的にも、家庭内で介護を完結させることが強いられていたのではないか。こういった社会問題を、新聞でもなくワイドショーでもなく、文芸で訴えた著者の筆力に衝撃を受けた。実際、本書は老人福祉を大きく推進させたようだ。現代では、認知症という言葉は広く世間に膾炙しており、たとえ介護の経験はなくとも、多くの人はその苦労を察することができる。福祉従事者に、身内を老人ホームに入れたいと相談しても、あからさまに否定的な態度をとられることは少ないだろう。



 冒頭の書名に対する感情は、読み終えた今でもわからない。しかし、辞書(新明解国語辞典第8版)の「恍惚」という見出しに次の記述があるくらいだ。この書名に衝撃を受けたのは自分だけではないはずである。

 

〔有吉佐和子の小説「恍惚の人」から〕「もうろく」の意の婉曲表現。