
「恍惚の人」は耄碌した高齢者を表している。この表現に強く心を揺さぶられ,本書を手に取った。しかし、言い得て妙だと称賛の方向に心が動いたのか、健忘に苦しむ人の姿を「恍惚」とはいささか不謹慎なのではないかと嫌悪の方向に心が動いたのか、わからなかった。
本書が世に出たのは昭和47年(1972年)である。読後に発表年を知り、驚きと妙な安心感を覚えた。「まったく古くないじゃないか」という驚きと「そんなに昔の話なら、まあしかたないな」という安心感である。
まず、主人公の昭子において、その母親像、嫁像、主婦像が、半世紀も前のものとは思えない。当時は、結婚をすれば女性は家庭に入ることが一般的だっただろう。本書でも、昭子は夫の信利と職場で出会い結婚をしたが、共働きを認めない社是のために結婚直前に退社したとある。しかし、昭子はその後も専業主婦になることはなく、法律事務所に就職し、タイピストとして働いている。そして、自分の仕事に誇りをもっている。認知症を患った祖父茂造について話し合おうとするも黙り込む信利から「女らしく妻らしく家庭に帰るべき時が来たんじゃないのか」という暗黙のメッセージを感じ取り、昭子は憤りを覚える。
……家も出来た。敏も再来年は大学だ。信利もしかるべき地位と収入を持っている。もう、いいじゃあないか。
──こういう結論が、昭子には我慢がならないのだった。それならば昭子は、ただ金を得ることだけを目的として働いてきたのか。工員が単純作業を繰返すように、邦文タイプのキイを叩いていたというのか。女は無能だから、お茶汲みとタイプライターぐらいが分相応で、職場からの社会参加などはまるでなかったとでもきめつけるのか。そんな考え方には昭子は反撥があるし、小さな法律事務所の中ながら昭子の果たしてきた役割はそんなに小さなものだとは考えていない。
昭子の家事への向き合い方も、かなり現代的だ。
この小さな家の中で、不相応に贅沢なものはといえば、最前の洗濯物乾燥器と、この冷凍庫なのである。この二つは昭子の考えによれば共稼ぎ夫婦には不可欠の備品であった。冷凍食品は味が悪いと生意気なことを言う女たちがいるけれども、共稼ぎの条件の中で食事は一にスピード、二に栄養、味はその次に来るものだ。
仕事に励み、効率よく家事を処理しようとする昭子の姿は、家族のために献身することが当然と思われていた当時の女性たちの救いだったに違いない。時は流れ、共働きは家族の形として一般的なものとなった。それでは、働く女性は家庭から解放され生きやすくなったかというと、そんなことはない。SNSでは「主婦(母親)ならば、冷凍食品や総菜などは買わずに手作りすべきだ」との主張をしばしば目にする。多様性という言葉が耳に慣れて久しいが、異なる生活様式、価値観をもつ人々がお互いを尊重しあえる日は訪れるのだろうか。
登場人物の話に戻る。信利と昭子は、耄碌した茂造の介護をきっかけに、老いについて考える。考えれば考えるほど厭世的になってゆく。信利は、我が子すら忘れ去った父親を見て思う。
耄碌している父親は、信利がこれから生きて行く人生の行きつく彼方に立っている自分自身の映像なのだという考えが、払っても払っても頭の中から消えない。老いるということの窮極は、これか、と思う。それは死よりも昏く、深い絶望に似ている。
昭子もまた、近所のお婆さんを見て、自身の決して遠くない将来を思案せずにはいられなかった。
人間は死ぬものだということは知っていたけれど、自分の人生の行く末に、死よりもずっと手前にこういう悪魔の陥穽とでも呼ぶべきものが待ちかまえていようとは、若いときには考えも及ばなかった。齢をとるのか、私も。どういう婆さんになるのか、私は。
現代でも多くの人が2人の憂慮に共感するだろう。きっと、何十年先の読者も共感していると思う。死ぬよりも恐ろしいことがあるのだ。そして、死なれるよりも哀しいことがあるのだ。
さて、普遍的なテーマを取り上げた本書である。認知症を患った老人の描写やそれを取り巻く人々の苦悩は、この先も色褪せることはないだろう。一方で、現代の感覚にはなじまない部分も、やはりある。介護に参っている昭子に対する福祉従事者の反応だ。これは当時の、老人を施設に入れようとする人に対する世間の反応そのものなのだと思う。内心で茂造を老人ホームに入れてしまいたいと思っている昭子に、老人クラブの事務員は言う。
私は自分の親を老人ホームに突っこんじゃう子供の気持だけは分らないんですよ。誰だって齢をとるんだから、自分も老人になったらって考えればいいのに。ねえ、残酷ですよねえ
さらに、介護に生活が圧迫されている昭子の悲痛な訴えを聞いてなお、老人福祉指導主事はこう言ってのける。
お年寄りの身になって考えれば、家庭の中で若いひとと暮す晩年が一番幸福ですからね。お仕事をお持ちだということは私も分りますが、老人を抱えたら誰かが犠牲になることは、どうも仕方がないですね。私たちだって、やがては老人になるのですから
当時は、痴呆という言葉すらあまり知られていなかった。身内がピンピンコロリで逝った人には、認知症の症状があらわれた老人の姿など想像できなかったのだろう。だからこそ、身内に認知症患者がいる人は誰にも相談することができず、制度的にも精神的にも、家庭内で介護を完結させることが強いられていたのではないか。こういった社会問題を、新聞でもなくワイドショーでもなく、文芸で訴えた著者の筆力に衝撃を受けた。実際、本書は老人福祉を大きく推進させたようだ。現代では、認知症という言葉は広く世間に膾炙しており、たとえ介護の経験はなくとも、多くの人はその苦労を察することができる。福祉従事者に、身内を老人ホームに入れたいと相談しても、あからさまに否定的な態度をとられることは少ないだろう。
冒頭の書名に対する感情は、読み終えた今でもわからない。しかし、辞書(新明解国語辞典第8版)の「恍惚」という見出しに次の記述があるくらいだ。この書名に衝撃を受けたのは自分だけではないはずである。
〔有吉佐和子の小説「恍惚の人」から〕「もうろく」の意の婉曲表現。