本書は、素朴な木製模型から始まった日本の模型屋が「世界のタミヤ」になるまでの軌跡が描かれている。会社の成長譚であり、それと同時に大人の青春譚でもあった。
プロフェッショナルとして、そして模型愛好家としての誇りが特に感じられる箇所を3つ紹介したい。
わが社のスタッフは、模型好きの連中で構成されています。模造品の設計をして、おもしろいはずがありません。それにプラモデル・ブームに乗って他業種から参入してくる”にわか模型メーカー”への対抗心もありました。(商売になるから始めたところと、模型が好きでやっているところの違いをみせてやる)
ですが模型屋としては、完璧に、そしてリアルに再現したいと考えるものです。プラモデルの模造技術に問題があって再現できないのではなく、資料が不足していて再現できないのです。こんなに歯がゆいことはありません。
不鮮明な写真を虫メガネで拡大し、穴のあくほど見つめたところで、わからないものはわかりません。とうとう、夢にまで戦車が出てくるようになってしまいました。私は夢のなかで戦車の下にもぐりこみ、嬉々として撮影しているのです。
このときは、実際のポルシェが組みあげられていく工程を見せていただき、車の構造の”意味合い”が見えて、非常におもしろく感じました。写真を撮っていくうちに、私は「待てよ、この製造工程をそのまま模型に取り入れたら、模型づくりが何倍も楽しいものになるんじゃないか」と、思いました。
実車と同じように部品化し組み立てるということは、できあがったとき、エンジンの接続部分などはかくれて見えなくなります。でもきっと車好きの人にとっては、たまらなく魅力的なキットになるはずです。想像しているうちに、なんだかワクワクしてきました。
うらやましくなるほどの情熱である。「とことんやる」という精神は全編を通して語られているが、それを社訓としたり、わざわざ口に出して意識づけようとしたりしていたわけではないと思う。仕事の枠を超えた模型への愛とこだわりが、自然とそうさせるのだろう。だからマニアの心を掴むのだ。オタクが熱中できるものをつくれるのは、オタクしかいない。
模型屋というと、イメージするのは設計図をかく姿、そしてその通りに製品をつくる姿だ。しかし、本書を読むと、設計図の前の段階がいかに重要かがわかる。設計図をかくためには資料を集めなければならない。考えてみれば当然なのだが、取材と称するタミヤの資料集めは想像を超えていた。先の引用からも、対象物に対する執念が窺えると思う。ちなみに、先の引用の3つめの節タイトルは「本物のポルシェ911を買ってバラバラにするしかない」だ。
そしておなじみミニ四駆である。子どもがミニ四駆を改造し、それを受けてタミヤが改良パーツを開発したり指南書を出したりするエピソードを読みながら「子どもたちと二人三脚で成長していったのだな」と思っていると、節の最後は「ミニ四駆は、子どもたちと追いかけっこのように進化していったのです」と締めくくられていた。二人三脚ではなく追いかけっこ、成長ではなく進歩。ミニ四駆にまつわる技術の進歩のスピード感と、ミニ四駆をもっともっとよいものにしたいという子どもとタミヤ両者の本気が表れていて、大好きな一文だ。
月並みだが、この本を読むと「よし、自分も」という気持ちにさせられる。創作意欲が湧いてくるのは、愚直に誠実に、そして夢中になってものづくりをしている人の考えに触れた瞬間だ。
